石倉町延命地蔵尊の謂れと奇跡の名水の起源


前のページに戻る→

 
富山まちなかウォーク!!一級の海、一級の山、一級のまち・味巡り。
 

石倉町延命地蔵尊の謂れと奇跡の名水の起源

富山まちなかウォーク!!一級の海、一級の山、一級のまち・味巡り。昔、いたち川付近に晒屋甚九郎(さらしや じんくろう)という信心深く、人の世話をするよい若者が住んでいました。
安政5年2月26日(今の、4月9日)に、マグニチュード約7の大地震が飛騨地方でおこり、北アルプス立山山麓の水が一気に富山市内へと流れ込み、いたち川周辺の町は一瞬にして泥沼となってしまったのです。
いたち川周辺では洪水と疫病によって多くの人が死んでゆきました。甚九郎は、病に倒れた近所の人々を昼夜をとわず看病し続けたそうです。
そんなある日、甚九郎の夢の中に地蔵菩薩が現れ、「裏のいたち川の川底に沈みおるゆえ、すみやかに引き上げて供養するように」と告げられたのです。
甚九郎がすぐに、いたち川に向かうと、川底から光明がさしていました。川底をかき分けてみると等身大もある大きな尊像が現れ、甚九郎は大事に家に連れ帰り、お告げ通りに、朝夕ねんごろに供養しました。
すると不思議なことに、いたち川周辺で病気に苦しむ人々たちがみんな、回復し始めたのです。 町の人たちは尊像のおかげであると涙を流して喜びました。それ以降、いたち川周辺の住民たちは、甚九郎と相談し、地蔵堂を建て、地蔵尊を大切に奉ってたそうです。それが、今日の石倉町延命地蔵尊の謂れです。